近代自然科学の方法を積極的に取り入れたことによって医学が著しく進歩したことはいうまでもありませんが、自然科学的な研究方法の最も大きな特徴は分析的手法です。丸ごとの人間を外から見たり触わったりしているだけでは、得られる情報の限界は明らかです。体の中へ深く深く、細かく細かく入っていくことによって、今日の絢爛にして繊細な医学の殿堂が築き上げられたのです。単に脈を触わっているよりも直接心臓の動きを目で見たり、心臓からの電気的情報を直接取り出したりする方が確実な認識に到達するわけですし、さらに心臓の働きを基礎づけている一本一本の筋肉や神経のレベルまで入り込めば一層まぎれのない、整合性の高い基本的な情報が得られるでしょう。明治中期の「和漢方医論争」において森鴎外が「日本固有の医学なるもの一箇の零点なり」と断じたのは、何よりも貧弱な方法論によりかかった漢方医学のひ弱さを指摘したものでしょう。自然科学的な研究方法については、むしろ医学は長いあいだ及び腰であって、同時代の他の自然科学分野のはるかあとを追っていたと考えるべきでしょうが、それだけにかえって分析的手法をほとんど欠いた伝統的東洋医学との対比において、西洋医学の切れ味の鋭さとそれが切り開いた世界の華麗さに、明治人鴎外は強く圧倒されたのでしょう。